瞑想・マインドフルネス

瞑想・マインドフルネス2

 

瞑想すると、どのような効果があるのか?

様々はメリットが上げられています。
科学的に調べた研究結果も多いようです。

 

●科学者達が瞑想の秘密を調査

(Scientists probe meditation secrets:4月1日英語版配信分)
Source: http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/7319043.stm
By Naomi Law

瞑想が脳の構造を変化させることを示す証拠が存在する。
科学者たちは、瞑想が脳に明白な影響を与えること示す証拠を発見し始めている。

このことに懐疑的な見方を示す人々は、現代生活からもたらされるストレスに対処しようとするには、実用的な方法ではないと主張している。

しかし、肯定的な人々が信頼を置くその技法を支持する自然科学に対して、人々の目を向けさせことができなかった長い年月にも、ついに終わりのときがやって来ようとしている。

キャロル・カトレイさんはご主人が亡くなったとき、十代の頃以来おさまっていた鬱症状を再発させてしまった。

「すぐにでも死にたい気分でした」とする彼女は、「それ以外には何も考えられなかったのです」と話す。

キャロルさんは医療の助けを求め、認知行動療法[Cognitive Behavioural Therapy]と呼ばれる薬物治療と心理療法を組み合わせたもので、その鬱状態を何とか抑制した。

しかしながらおもに瞑想で構成されているマインドフルネス認知療法[Mindfulness Based Cognitive Therapy](MBCT)と呼ばれる徐々に人気を集めている新しい医療法が、彼女の完全な回復をもたらすこととなる。

現在、イギリス中のどの州でも受けることができ、国民健康保健の適用が可能となっている。

MBCTの草分け的な人物の一人に、オックスフォード大学精神医学部のマーク・ウィリアムズ教授がいる。

彼が指導を務める8週間にわたるグループコースでは、瞑想が80%、認知療法が20%の方法をとっている。

▼新たな展望

「問題を考察し、それらをしっかりと観察する方法を教えますが、必ずしも解決したり解明したりしようとするわけではありません」とする彼は、 「それらがポジティブなものであれ、ネガティブまたはニュートラルなものであれ、すべて考えていることはただの思考なのだと気づいてもらえるよう、 皆さんに提案するのです」 と述べる。

MBCTは、現在は落ち込んだりしていなくても、過去に3回以上の鬱状態を経験したことのある人々には推奨されている。

試験データでは、このコースによって 
うつ病のように思われる状態が50%以上減少されることが示されている。

ウィリアムズ教授は、さらなる研究がまだ必要であると考えている。

「非常にすごい勢いで人気が広まっており、実際に効果を上げていることを確認するための証拠を様々な方法で収集する必要があります」

しかしながら、その間にも瞑想は、困難で非常に現代的な難問に取り組む方法として真剣に受け止められている。

科学者たちは現在、とくに自殺の危険性を抱えたり、薬物の乱用による影響に苦しんでいる人々のために、他にどのように瞑想を適用し得るか、調査を進めているところ である。

▼瞑想とは何か?

~   省略  ~
瞑想肯定派の主張は、免疫力の向上、喘息の改善、老化現象の抑制による生殖力の向上などに及んでいる。

▼限定的研究

瞑想を対象とした研究には限界があり、ほとんど結論には至り得ない。というのも、一つには、瞑想だけが切り離されることはほとんどなく、ダイエットや運動、あるいはグループセラピーの一部など、生活スタイルを変える他のものと一緒に実践されることが多いからである。

だからといって、いんちき療法として簡単に片付けるべきなのだろうか。神経科学の分野で行われている数々の研究では、そうすべきではないことが示唆されている。

新しい研究分野ではあるが、興味のそそられる結果が示されており、瞑想が脳へかなり強い影響を与える可能性があるという。

マサチューセッツ州のボストンでは、数年間にわたって瞑想を続けている人たちの脳を分析するために、サラ・ラザー博士がMRIと呼ばれる技術を用いてスキャンを行った。

彼女は、経験を積んだこれらの実践者たちと、これまで一度も瞑想を行ったことのない人たちの脳を比較し、感情の処理に関わる領域を含めた脳皮質の一定領域の厚みに相違があることを発見している。

現在も研究は続行されているが、瞑想が脳に対して物理的形状の変化を引き起こしたと彼女は考えている。

▼僧侶

ウィスコンシン州マディソンのリチャード・ディヴィッドソン博士は、数年間にわたって僧侶を対象に研究を行っている。

彼の個人的な見解では、 「瞑想を行うことによって、より幸せになることができ、もっと効果的に集中することができ、それにかなった様々な方法で脳を変化させることができる」 と考えている。

ある研究で彼は、事務職の労働者たちを対象に、彼らがストレスを低減させるテクニックとセットになった瞑想コースを受ける前後の脳を観察している。

このコースの終了時における参加者たちの脳は、機能面において変化が見受けられた。

以前、ディヴィッドソン博士が幸福や熱中などの特性と関連があるとした左脳側に、より活発な活動が示された のである。

たとえ精神的な病と闘っていなくとも、瞑想が誰もの幸福状態を改善し得る という考えは、研究者たちを興奮させているだけの意味あるものだ。

ウィリアムズ教授は、非常に大きな可能性を秘めていると考えている。

「期待と向き合うことに関係しています。絶えず自身を批判し、十分に満たされているとは感じていないからです」

「そして、それは私たちの社会に非常に蔓延しています」

「これらの事柄は全てただの考えでしかありません。彼らは瞑想へと辿り着き、それらは考えなのだと認めることを学び、それらを解放します。誰もが 途方もない力を持ち得るのです」

もちろん、今回の研究がむだに終わり、瞑想への関心が一時的な流行となる全く別の可能性は存在するが、今のところ、この古代から伝わる訓練法は、 我々一人ひとりがさらに幸福でより充実するための可能性を秘めたツールとして、科学者たちによって真剣に取り上げられている。

僕もかつては瞑想をやりながらこういった科学的証拠が出てくるのが嬉しかったものです。感謝
一時は、みんなが瞑想すれば世界が変わると思いました。
瞑想こそが世界を救う道だとも思いました。
今でも、瞑想はそれふるパワフルで効果的という考えは変わっていません。
ただ、瞑想だけでは辿り着けない場所があるという事も今はわかります。

だからと言って、無駄になるものではありません。
とっても有効なものです。
だから喜んで瞑想を教えていきますよ

 

瞑想というのは、完全に内側に入る行為になります。
外の世界を遮断します。

ほとんどの人が外にしか意識を向けていません。
それを自分の内面に向けることになります。

そこで養われることは

思考を客観的に見れる
感情を客観的に取れる
すべてを客観的に取れる

ようになります。今まで思考も感情もどうすることが出来ないと思っていたことが、

あ、思考が湧いた
あ、感情が出てきた

と、一歩置いて見ることが出来るのです。
だから、それを身につけるだけで随分楽に生きれます。

思考に振り回されない
感情に振り回されない

そんな生き方が出来たら楽になると思いませんか?
逆に言うと、人間味が無くなってしまうかもしれませんけど(笑)

tomob

あんな事されて腹立たないの?

tomob2

怒ってるよ。怒りと言う感情が込み上げてるよ。それを今感じてるんだ

 

普通にこんな会話をするかどうかは別にして、
こんな事が有り得るんです(笑)

そして、僕はこうやって

何が起きても動じない

気がついたらそんな自分になっていました。(凄い事が起きたら流石に動じていましたけど)
でもね、こういう事が出来るだけで随分楽になったんですよ。

朝晩必ず30分は瞑想して、日中も出来るだけ瞑想して生活するように心がけて、今思ってもそれはそれで楽しかったですね。
真面目過ぎて、何があっても1日30分は必ず瞑想してました。
早朝に起きないといけないにしても、瞑想の為早く起きてましたからね。
それぐらい瞑想が生活の一部になっていましたね。

やらなきゃいけないじゃなしに、純粋に気持ちいいし、楽しいのも瞑想ですから。

瞑想を続けて行くと、徐々に瞑想の状態が変わっていきます。

頭のお喋りが減っていきます
思考が湧いても、それに引っ張られることが減っていきます

これは、もうやって続けた人でないとわからない感覚です。
そして、

思考が湧かない状態
思考が湧いてもとらわれない状態

こういう状態の時間が増えていくと

非常に気持ちよくなります

 

ここまで来ると、瞑想が楽しくなります。
瞑想したらスッキリするし、気持ちいいから自然と瞑想したくなる

よく運動する人が、

身体動かした方が調子良くなる

って言うのと同じ状態です。

むしろ、その状態が出来るまでが大変だったりするわけです。
多くの人がそこに行く前に挫折します。
劇的に何か急変するものでもないから、実感も湧かないから続きにくい
というのもあるかもしれません。

何か新しい事を覚える時と同じです。
ただただ地道にやるしかないのです。

1日5分で良いから、続けることで変わります。
こればかりは本当継続してやる以外に方法はありません。

無になる。
心を静寂にする。

人それぞれ瞑想をやる目的ってあると思います。
どれが間違いではないのです。
何か特殊な能力を持ちたいという考えを持っている人もいます。
私自身はオススメはしませんが、それはそれで良いと思います。

 

瞑想の仕組みって何なんだろう?って改めて考えてみました。

初めは、

何かに思考や心が引っ張られるのに抵抗する事から始まります
音に集中する。何か1点に集中する。

今までの癖、思考が湧いてきたら追いかけて来たこと
それを辞めると言うことになります。

思考を追いかけようとする自分を止める事がやっと出来るように為るのです

その為には、まず自分が思考が追いかけているという事実を知らないといけません。
多くの人が、

思考に思考を重ねてる(思考を追いかけ続けている)

なんて思って生きてなんかいないからです。
そしてそれが苦しみの元だということも知りません。
言い方が悪いかもしれませんが、

ある意味機械的に生きているとも言えますよね?
湧いてくる思考に素直に反応しているだけですからね。

 

私自身が思うに、この瞑想の行為と言うのは、
今まで使ってなかった脳の一部の開発だと思っています。

脳科学の研究でも瞑想することで脳全体を使用出来るようになっていると言う話もありますが、

自分という存在を一歩引いて自分で認識出来る

という事を確立することでもあると感じます。
今まで自分が自分と思っていたものから距離が置かれる脅威的な事でもあります。

世の中には自己分析とかも色々あります。
それは自分がどういう性格で、何が好きで・・・・。
確かに自分を知るというツールとしては良いものです。

でも、それだと自分というものはこういうものだ!
と、強い思いも出来、他人とより垣根が出来る可能性もあります。

深いところでは

皆ひとつである。
一体である。

話では聞いたことがあっても、理解出来ない部分があります。
瞑想を通してここの部分を理解する手がかりになります。
私はそういう風に捉えています。

思考も何も湧かずにただ存在している瞬間
肉体と外界の境界が無くなる

 

瞑想の深い状態に入るとそういった状態になることもあります。
こういうのを体感すれば何か気付きを得ることも出来ます。

でもそういった経験をしなくても

すべてが一つ
すべてが愛

その知識を持つだけでも世界の見方は変わります。
変えようと思えばいくらでも見方が変わります。

 

瞑想だけでは届かない場所もある
でも瞑想は非常に有用なツールであることは間違いないと自信を持っていえます

 

瞑想の危険性

 

瞑想は危ないものだから迂闊に手を出しては危ない

なんて言っている人もいます。
私から言わせても貰うと全く危険性はありません。

でも、可能性としてあるのは、

抑え込んでいた感情が何かの拍子に一気に噴出してしまい
気が狂ったようになってしまう事

 

こういった状況に陥ってしまった人が瞑想が危険だと言っていると思います。

そもそも瞑想って何の為にやってましたっけ?

そういった感情とか思考から一歩距離を置いて、俯瞰する為

でしたよね?
だからこの為には経験が必要です。
ちょっと瞑想やった人がイキナリ瞑想合宿なんて言ったら、俯瞰出来ない為、飲み込まれてしまいパニックになる可能性もあると思います。

だから私として、瞑想は徐々に深めて、徐々に身に付けていくものです。
例えば5分も走れない人がフルマラソン出るのと、瞑想した事ない人がいきなり瞑想合宿挑戦してしまう
みんながみんなとは言えませんが、同じようになってしまう人もいると思います。

 

 

 

瞑想に何を求めるのか?

そもそも瞑想をする目的が間違っている人います。

神・天使の声を聞きたい
何か見えるようになりたい
霊的な能力を手に入れたい
神秘体験がしたい

 

基本的に瞑想の趣旨から外れてると思って下さい。
私自身瞑想に入る入口として色んなものがあって良いとは思いますけど、何かずれてると気付いてください。

例えば瞑想中、一度神秘体験をするとします。

多くの人がこれこそが良い瞑想だ!
として、神秘体験を追い求めます。
とても多くの人がこれに陥ります。
瞑想の目的が神秘体験をする事に姿を変えるのです。

起ることを受け入れる事が瞑想なのに、何かを起こそうとする瞑想になってしまっているのです。

でも私がいくらここでどうこう言っても、
追い求めて追い求めて、これはやっぱり道が違ってた!
と気付くまで、どうしようも無いのが実情です。

ですので、追い求めても良いです。
そこではかったと気付くまでやってみてください。

 

 

精神性を高める為に、スピリチュアルや瞑想の世界に入ったのに、気がついたら、
前と同じことをやってしまっている
そういう事に気づけるようになったら素晴らしいですね。

これもなかなか気付け無いものです。

 

 

瞑想は危険なものではありません

目的と方向性だけを間違わなかったら危険性は何もありません。
変な情報に惑わされないようにしましょう。