長年瞑想やってきていますが、
一時、辞めた時があります。

なぜか?って言うと、
姿勢を習いに行ってる先生が

姿勢をやってれば瞑想はいらない

ってみたいな話をしてて、
あ、それもそうだなって思って、あっさり瞑想を辞めました


結局、1年半ぐらい辞めてと思います。
そして、またふと、瞑想しようと思いました。

正直、前は簡単に瞑想も深く入れたので、前の感覚で深く入れると思ってました。

甘かったですね

完全に深く入れる感覚失って、浅い瞑想しか出来なくなってました。
感覚を戻すまで時間かかりました。3ヶ月ぐらいかな?もうちょいかかったかも、
今では以前と同じように出来ると思いますが、まあ、元に戻すのに苦労しました。


姿勢も瞑想

の、瞑想の意味をどういう意味で捉えるか?って事になると思います。
ある意味では、姿勢は瞑想の意味を捉えてると思います。姿勢に常に意識があるので、思考にハマりにくい状態になります。
禅の修行なんてのも、ゆっくり動作しながら、動作に意識を集中する事にやる修行ってのもあるらしいですが、それに近いですよね。

でも、深い瞑想の視点ではどうか?って考えると、まだまだ僕が未熟なのかもしれませんが、日常生活を姿勢に気をつけて生活しながら深く入れるって事は基本無理だと思います。


なので、一旦瞑想やめた事で、あ、やっぱり今までやってた瞑想は必要だなって改めて感じた事でした。
ちなみに、この一旦瞑想やめた事が、今の妻と繋がっていく一つのきっかけにもなりました。
結局、人生って完璧だなっていろんなところで思いますね。